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俺の満員電車奮闘記 [雑記]

故あって、2ヶ月程度、満員電車での通勤をする生活が続いた。これまで満員電車には縁のなかった私にとっては大変な経験で、いろいろと考えさせてもらった。

体調が良い時は満員電車だろうがなんだろうが、別に何とも思わないだが、体調がわるい時、というか睡眠不足の時はとにかく眠りたい。眠るためには座る必要があり、座るための戦略が求められる。

恐らく、もっとも確実に座れる方法は、ラッシュ時を避けることだろう。ラッシュ時を避ける方法としては、ラッシュ前に乗るかラッシュ後に乗るかの2通りだが、いずれも断念した。前者は、早起きする必要があるのだが、そもそも寝不足だし、寒いし、無理。後者は勤務時間との兼ね合いもあるので無理。また、始発駅まで行って折り返すという手もあるのだが、時間がかかるので現実的ではなかった。

ラッシュ時には電車に乗った段階ですでに席が埋まっているので、原則的に座れるのは次の停車駅で人が降りたときになる。したがって、次の駅で下車しそうな人を見定めるのが重要である。

次の駅で下車しそうな人の見定め方として有効なのは以下の方法であった。

1)顔で見極める。
2)学生服で見極める。
3)図書館のラベルで見極める。

1)は毎日、同じ電車に乗ることが前提だが、特定の駅で下車する人の顔を覚えておくことである。これを覚えて、その人の前に立てば、ほぼ確実に座ることができる。

2)については、この学生服を着ている人はここの駅で降りるというのをチェックしておく方法。

3)は、帰宅時につかえるのだが、◯◯図書館というラベルを見ておけば、その人はその付近の駅で下車する可能性が高いので、有効。

次に、女性専用車両の有効利用。女性専用車両は比較的空いているものである。だからと言って、本当に女性専用車両に乗るというわけではなく、女性専用車両の条件をしっかりと見定めるということである。例えば、相鉄線の場合、女性専用車両の定義は”横浜駅にAM7時以降に到着する”車両となっている。だから、AM7時前に横浜に到着する電車であれば、女性専用車両は女性専用車両ではない。

自分が見たところ、この条件を熟知して有効利用している人は少なからずいるが、多くの男性はなんとなく女性専用車両を避けている節がある。ここにつけ込むのである。

それから、主要駅の階段の位置を把握しておくことも重要である。主要駅では乗り換えなどで人の入れ替えが激しく、当然、下車する人も多い。ここで、乗り換えをスムーズに行うために階段付近の車両に乗る人は結構いるので、席が空く可能性も多少は高くなるのである。

これとは逆で気をつけなければならないのは、最前方車両および最後方車両である。ラッシュ時間を別にすれば、これらの車両は、そこまで歩くのが面倒なので比較的すいているもので、ラッシュ時も相対的に空いてはいる。ただし、当然のことながら席は全て埋まっており、座ることはできない。そして、ここが重要なのだが、最前方あるいは最後方車両で座っている人は、乗り換えのスムーズさを放棄して座っているわけで、それだけに座ることへの執着が強いと推測できる。では、どうして座ることへの執着が強いのかといえば、長時間電車に乗っている必要があるからであると私は考える。つまり終点まで座っていて、途中駅で下車しないという人が多いのだろう。
だから、スペース的には余裕があるのだが、全く座れないということが多い。

同様なことは路線の選択についても言える。横浜から東京方面に向かう路線の選択肢は、いくつかあって、東京までの到着時間が早い順に、
・東海道線
横須賀
京浜東北線
である。乗車時間が短いほど、乗車率は高いようで、京浜東北線に比して東海道線と横須賀線は混んでいるように感じる。
経験的には、京浜東北線を選択した場合は最も座れる可能性が高かったのだが、着座確率をさらに向上させるために、京浜東北線の最前方車両に乗ったところ、座っている人が全く降りなかったことがある。終点まで座って行きたいということだったのだろうと思う。結局、京浜東北線に乗っている間、ずっと立っていることになったが、それなら東海道線に乗ったほうが良かったと思ったものである。だから、京浜東北線を利用するときは、上記したように途中駅の階段の位置を知っておくことが大切である。

車内での立ち位置も重要である。座ろうと思うなら、座席の前に立つ必要がある。この時、座っている人の真正面に立たない方が良いようである。座っている人の斜め前に立つのが良い。これは、座っている人が降りるときに避けやすいという理由もあるのだが、避けている間に空いた席を取られないためにも有効である。
正面に立っていると、一歩下がって左右のどちらかに避けなければならないが、そうすると、正面に立っていた自分よりもその横に立っていた人の方が座り易いポジションを確保することになるのである。もちろん、紳士的な人は正面に立っていた私に席を譲ってくれるのだが、朝のラッシュ時、席を狙う人の欲望は、獲物を狙うライオンのそれである。
斜めの位置に立っていれば、多少改善できる。例えば、自分の斜め左に座っている人が立ちそうになったら、自分は右側に避けてやる。そうすると、立った人は自分の左側を通ろうとするから、自分の左側に立っていた人は座りにくくなるのである。

ここまで、いかにして座るかということを書いてきたが、本当に眠たいときは背面に壁があることを前提に、立ってでも寝れる。残念がら、上記の様な工夫をしても確実に座れるという保障はない。ならば、立ってでも寝ようと割りきってしまうのも手かもしれない。ただ、そうなると、ドアの脇のスペースを確保する必要があるが、これはこれで難しいのではあるが。
立って寝るためには、膝を伸ばしきるのがポイントである。膝さえ曲がらなければ寝ても倒れない。腰と踵を頂点に含むとする直角三角形をイメージするのが良い。この時、腰部の鋭角となる部分の角度は体感的には15°程度が良いのでは無いかと思う。30°だとかなり邪魔である。なお、寝ていて膝から崩れると恥ずかしいので注意。

それから、一度、グリーン車も試してみたが、ラッシュ時はグリーン車も満車である。指定席のグリーン車でなければ、立っているハメになることもある。あれはショックだった。

とはいえ、座ることにあまり執着せず、余裕を持つことが大切だとは思う。車内でのトラブルを時々見かけるが、イライラするのが一番良くないので。

「あたらしい みかんのむきかた」 [読書]


あたらしいみかんのむきかた

あたらしいみかんのむきかた



みかんの皮のむき方に革命をもたらす本。みかんの皮を展開することで干支などを表現しようという非常に新しい試みと言え、本書には全25種の形が掲載されている。しかも、ただみかんのむき方を掲載しているだけではなく、これが絵本仕立てというのも親しみが持てる。

主人公のむきおくんと、その妹のむきみちゃんが繰り広げる、新しいみかんのむき方を堪能したい。



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パーソナルカラー診断 [雑記]

服を選ぶとき、いろいろと迷うことはあるにしろ、判断の拠り所は何かと考えるに、結局は自分のセンスだというのは当たり前のことなんだけど、それに自信があるかというとそうでもない。詳しいことは知らないけど、人にはそれぞれ合う色というのがあって、それをパーソナルカラーというらしい。このことは以前から知っていて、診断を受けて見たいと思っていたのだけど、先日、新宿高島屋をうろうろしていたら診断できる場所があったので、診断してもらった。

診断は、いろいろな色の布を代わる代わる自分に合わせるやりかたで進んでいく。微妙な変化は自分にはよくわからないけど、ときどき、布が変わった瞬間に自分の顔色が明らかに変化したと分かる瞬間があって驚いた。おそらく、布の色が反射して顔に写ることで顔色が変化するのだが、肌のいろと布の色の兼ね合いで、自分の顔色が良くなったり悪くなったりするのである。肌の色は人それぞれ異なるものだから、当然、顔色がよく見える色も人それぞれになるわけで、これをプロに見てもらうわけだ。

パーソナルカラーの分類はいろいろと流派があるようだが、大別すると4種類。イメージとして、春夏秋冬で分けれているらしい。例えば春なら、薄いの暖色系、というふうに。

自分の場合、パーソナルカラーは冬に分類されるそうな。濃い寒色系。一番合う色は、レモンイエローらしい。この色、ベースとして使うのはかなり難しいと思うけどね。他にもトゥルーブルーとかアイシーグリーンも良いらしい。いま着ているブルー系のワイシャツはこれに近いのでまあ、良かったのかなあと。また、次にワイシャツを買うときはグリーン系のものを選ぼうと思っていたのだけど、今回の診断結果が大いに参考になる。それから、ピンクは全体的に得意らしい。アクセサリーゴールドよりもシルバー

診断後は、似合う色の一覧表をもらえるのだけど、自分の持っている服を見るに、そんなに外れていないかなあと思う。まあ、最近は色をいろいろ考えるのが面倒くさくてわりと無彩色系の服が多かったのだけど、これからはもうちょっと色味のあるものも選ぼうかなあ。

診断してくれたお兄さん(年下だけど)には国分太一に似ていると言われた。これは初めて。

「SPACE BATTLESHIP ヤマト」 [娯楽]

先日,実写版の宇宙戦艦ヤマトを見てきました。

細かいことを考えればいろいろと突込みどころはあるにせよ,全体としては面白かったです。原作はなんとなく知っている程度で,比較のしようもないのだけど,やはりキムタクはキムタクだなあと。波動砲発射のシーンはやはり格好いいです。

エンディングテーマはエアロスミススティーブン・タイラーが歌っているのこともあり,観終わったあとの余韻はアルマゲドンのそれと近いような気がします。アルマゲドンは観たことないけど。

映画が始まる前の予告編では,あしたのジョーの実写版の予告が流れていました。実写化がブームですかね。
多分その次に来るのはタイガーマスクだと思います。漫画も売れているようだし。
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2010年をざっと振り返る [日記]

ブログを見ながら一年間のことをざっと振り返ることにした。

まず,2010年は例年よりもたくさん美術館に行った。印象派の絵画の展覧会が目白押しで,雑誌などでも特集されていたのに感化されたのもあるかな。

・ボルゲーゼ美術館展(東京都美術館)
・ルノワール 伝統と革新(国立新美術館)
・ボストン美術館展(森アーツセンターギャラリー)
・古代カルタゴとローマ展(京都文化博物館)
・ポンペイ展(横浜美術館)
・マネとモダン・パリ(三菱一号館美術館)

思い出すのが以上のもの。2010年の後半はゴッホ展とかドガ展とか気になるものもあったのだけど,込み具合を想像してちょっと行く気を無くしてしまったというのが本音。まあ,ゴッホの絵って自分はあまり良くわからなくて,モチベーションがあまり上がらなかったというのもあるにはある。

昨年いろいろ回る中で,ルノワールの絵はいいなあと思った。幸福の画家と呼ばれているだけあって,見るとなんだか幸せな気分になれるのが良い。


あと,昨年は7年ぶりにメガネのフレームを変えた。いろいろな経緯はあったのだけど,フレームを変えた翌月くらいにはコンタクトも作った。いろいろな人の反応を見るに,コンタクトのほうが印象が良い模様。冬は目が乾きやすいけど,視界の広さなど使いやすさの面でもコンタクトに軍配が上がるかな。遅くまで残業する日が続くとちょっと辛いのでメガネも併用しているわけだけど。
長らくメガネを使っていたので,コンタクト付けていてもメガネをあげる癖が抜けないのはちょっと恥ずかしい。


旅行にも比較的沢山行ったかな。

・岐阜 平湯温泉 (3月)
・和歌山 熊野古道 (3月)
・京都 (3月)
山梨 昇仙峡 石和温泉 (4月)
・千葉 勝浦 養老渓谷(8月)
・岐阜 下呂温泉 白川郷(8月)
・伊東 大野ダム(11月)
・熱海 初島 ,山梨 昇仙峡 (12月)
・神奈川 三浦海岸 (12月)

三浦海岸とか旅行?って感じだけど一泊したからね。なんていうか,関東から近畿地方にかけての旅行が多くてそれ以外が非常に手薄なので今年はそのあたりを攻めたいような気はする。未だに四国北海道に足を踏み入れたことがないという・・・。東北も弱いんだよねえ。もともと出不精なところがあるから,誰かに誘われれば付いていくという消極的なところが良くないのか。
でもまあ,昨年行ったところは全部初めてではあった。昇仙峡は2回も行ってしまったけど。


映画はあまり見なかったなあ。もともと見ない方なんだけどね。でも映画館で見る機会は例年に比べると多かった。

・食堂かたつむり
・ゴールデンスランバー
・第九地区
・インセプション

あと,レンタルしたのが
・グラン・トリノ
・おくりびと

もっとも,DVD自体はもっとたくさん借りてるわけだが。
この中ではゴールデンスランバーが一番良かったかな。竹内結子と堺雅人いいね。
グラン・トリノのクリント・イーストウッドも渋くてよかった。
おくりびとも良かった。納棺師なりたいと思わされる。
今年はとりあえず,宇宙戦艦ヤマトを見ないと。主題歌をエアロスミスのスティーブン・タイラーが歌っていることを先日知って驚いた。アルマゲドン的な?


本は昨年はあまり読めなかったように思う。後半は先に書いたように仏教の本ばかり読んでいたし。
でも,昨年アマゾンで注文した件数を調べたら108件だったという・・・。まあ,CDとか日用品とかも含まれているわけではあるが,買う量が読む量を凌駕しているのは事実。

エッセイで一番面白かったのは,川上未映子さんの『夏の入り口、模様の出口』。以前,『乳と卵』を読んでみて,一文一文の異様な(ごめんなさい)長さに馴染めず,途中で放り投げてしまったのだけど,エッセイをなんとなく読んでみたら,かなり笑えた。独特の文体は『乳と卵』の時に感じたのと同じ印象だったのだけど,こういう文章もいいなあと思った。『乳と卵』も再挑戦してみようかと。

小説では伊坂幸太郎著作のものを比較的読んだけど,『死神の精度』が一番お気入り。次は『ゴールデンスランバー』を読みたいなあ。

サイエンスものでは中垣俊之氏の『粘菌 その恐るべき知性』が面白かった。迷路を解いたり,最短経路を見つけたりする粘菌のネットワークとそれがどのようなシステムで行われているのかシミュレーションで明らかにするのにはわくわくした。やはり,これからはネットワークのことをわかっていないといけないのかなあ,なんて思ったり。

漫画だと,昨年になって新しく集めたものはそんなにないんだけど,その中で面白かったのは『乙嫁語り』と『ジゼル・アラン』かなあ。どちらもエンターブレイン?『進撃の巨人』も面白いとは思う。

歴史物だと,『死刑執行人サンソン』。ルイ十六世の首をはねた一族について書かれているのだが,死刑執行人という職業というのが一体どんなものだったのか,どんな気持ちで処刑していたのか書かれており興味深かった。

音楽は,東京事変聴き始めたのは確か去年のことだったかと。ちょうど『スポーツ』も発売されて購入した。年末,ミスチルの『SENSE』は期待以上に良かった。さすが。


あ,そうそう,昨年は結婚式が多かった。余興の練習で大学の後輩とかと会う機会も多かったね。


で,今年はどうすんの?という事になると,特に目標とかも立てていないのだけど,今日おみくじを引いたら,もっと勉強しなさいとの事だった。仕事関係の勉強をだいぶサボっていたの部分もあるので,気合入れて勉強しないとまずいとは思っている。

あとは,昨年と同じで成り行きで旅行に行ったりして余暇を過ごすんでしょう。あとは本だね。そろそろまとめて売ることも考えないといけないなあ。漫画はちょっと控えようとも考えているのだけど。
そういえば,この前本屋で見かけたんだけど,光文社古典新訳文庫から出た『失われた時を求めて』が気になってる。なかなか集中して読む時間もなさそうだけど,買っちゃおうかな。
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テーラワーダ仏教に触れてみて [日記]

確か今年の6月頃だったと思いますが,小池龍之介氏の書籍を購入しました。近年,多数の書籍を執筆している若いお坊さんです。


煩悩リセット稽古帖

煩悩リセット稽古帖

  • 作者: 小池 龍之介
  • 出版社/メーカー: ディスカヴァー・トゥエンティワン
  • 発売日: 2009/01/18
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)



私は過去に玄侑宗久氏の著作である「現代語訳般若心経」を読んだことがありますが,それ以来,仏教についてもうちょっと学んでみたいなあと漠然と思っていました。まあ,そのまま3年間くらい放ったらかしにしていたわけですが。

ただ,ものにはタイミングというものがあって,ある日ふと見かけたのが小池龍之介氏の著作だったわけです。4コマ漫画なんかも描かれていて語り口も判りやすそうだったので購入してみたわけです。まあ,正直言うと,この4コマ漫画はわかりやすいようでよくわからない部分もあったのですが,いろいろと新鮮な考えに満ちていたわけです。

ある事象があって,それに対して良く思うのも悪く思うのも自分の捉え方次第であり,そうであるならばよく思ったほうが良いだろうとか,欲や怒りが現れたらそれに意識を向けてみるとか,へたな心理学の本よりもよほど参考になりました。
仏教って言うと,阿弥陀如来とか菩薩とか仏像が頭に浮かんできますが,これらについての記述は無く,あくまでも煩悩とどの様に付き合っていくかということに主眼が置かれています。私の場合,煩悩というと物欲とか性欲とかを思い浮かべていましたが,怒りも煩悩に含まれるということを知ったように思います。

次に購入したのが,同じ著者の「考えない練習」でした。


考えない練習

考えない練習

  • 作者: 小池 龍之介
  • 出版社/メーカー: 小学館
  • 発売日: 2010/02/09
  • メディア: 単行本



この本はけっこう話題になったので読んだ方も多いのではないかと思います。
ここで言う「考えない」というのは,思考しないということではなく,煩悩から発生するネガティブな感情を考えないようにしましょうということだと解釈しています。そのために,五感をもっと感じて現在に集中しましょうと。
余談ですが,巻末に『海馬-脳は疲れない』の著者でもある池谷裕二氏との対談が収められており,これも面白いです。

これらの書籍を読んでから,ちょっとムッとするようなことがある度に心の中で「怒り,怒り」とつぶやき自分の中に湧いてきた怒りを意識するようになりました。するとまあ,ムッとすることの多いこと。まあ,これを認識するだけでもけっこう違うのではないかいと思います。それから煩悩の中でも『慢』の煩悩は厄介なものだということを認識しました。

ここからしばらく小池龍之介氏の著作を読みあさりました。

で,一頻り読みあさってから,次に手を出したのがスリランカから来日しているアルボムッレ・スマナサーラ氏の著作でした。


怒らないこと―役立つ初期仏教法話〈1〉 (サンガ新書)

怒らないこと―役立つ初期仏教法話〈1〉 (サンガ新書)

  • 作者: アルボムッレ スマナサーラ
  • 出版社/メーカー: サンガ
  • 発売日: 2006/07/18
  • メディア: 新書



こちらも書店で平積みになっているのをよく見かけたので読んだ方も多いかと思います。タイトルからも想像が着くのですが,怒りがいかに有害かということを説き,その対処方法等についても記されています。

この本を読んでからはアルボムッレ・スマナサーラ長老の著作を読みあさりました(おかげで彼の名前も空で言えます)。
その中で知ったのが,ヴィパッサナー瞑想という瞑想法です。お釈迦様が悟りを開いたときに行ったのがこの瞑想法だとか。ヴィパッサナー瞑想についてはいろいろと解説書が出ているのでそれを読むのが良いのですが,大雑把に言ってしまうと自分の感覚や心に浮かんだことをひたすら実況中継しましょうというものです。そうすることで余計な思考を行わないようにするわけです。あくまでも私の解釈ですが。

それでまあ,ヴィパッサナー瞑想についての書籍も読みあさりました。
入門書としてはアルボムッレ・スマナサーラ長老のものが値段も手頃で文庫版のものが良いのかなあと思っています。


心がフッと軽くなるブッダの瞑想 (だいわ文庫)

心がフッと軽くなるブッダの瞑想 (だいわ文庫)

  • 作者: アルボムッレ・スマナサーラ
  • 出版社/メーカー: 大和書房
  • 発売日: 2010/09/10
  • メディア: 文庫



実際にどうやっているのかわかるようにDVD付きのものもあります。このDVDのモデルさんがけっこう好みです。


心を清らかにする気づきの瞑想法(DVD付)〔新装版〕

心を清らかにする気づきの瞑想法(DVD付)〔新装版〕

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: サンガ
  • 発売日: 2009/09/25
  • メディア: 単行本



その他にもいろいろと解説書はあり,それぞれ多少内容は異なりますが,自分を観察するということでは同じです。精神科の医者が書いた本なんかもあり,これらはマインドフルネス瞑想法と言われていますが,私がざっと目を通したところヴィパッサナー瞑想と同じだと思います。
元々は悟りを開くための瞑想法ですが,悟りを開く過程で心が鍛えられるので,うつ病治療などにも有効なのでしょう。

ちなみに,瞑想というと座って行うものと思われがちですが,ヴィパッサナー瞑想は座らなくてもできます。歩く瞑想とか立つ瞑想とか,食べる瞑想なんていうのもあります。結局,自分の五感を研ぎ澄まして観察することなので,いろいろと応用がきくのだと思います。
私の場合,座る瞑想をしているとけっこう眠たくなるので歩く瞑想は非常にありがたいです。最近,一人で歩くときは意識しています。

アルボムッレ・スマナサーラ長老の対談集も面白いです。


仏教と脳科学―うつ病治療・セロトニンから呼吸法・坐禅、瞑想・解脱まで

仏教と脳科学―うつ病治療・セロトニンから呼吸法・坐禅、瞑想・解脱まで

  • 作者: アルボムッレ・スマナサーラ
  • 出版社/メーカー: サンガ
  • 発売日: 2010/02
  • メディア: 単行本



こちらは脳科学者である有田秀穂教授との対談です。読んでいてけっこうセロトニンの話が出てきて,どこかで聞いたことがあるなあと思っていたら,以前読んだことのある『歩けば脳が活性化する』の著者でした。
面白かったのは,仏教の三毒である貪瞋痴とドーパミン神経・ノルアドレナリン神経・セロトニン神経を対比しているところでした。スマナサーラ長老からは否定されていましたが,考えとしてはなるほどなあと思います。これから脳科学が進歩することで悟りの状態が明らかにされたりするのかなあと思うとちょっとワクワクします。


希望のしくみ

希望のしくみ

  • 作者: 養老 孟司
  • 出版社/メーカー: 宝島社
  • 発売日: 2004/12/08
  • メディア: 単行本



こちらは養老孟司氏との対談。二人の考えが意外と似通っていて興味深かったです。スマナサーラ長老は著作の中で仏教は非常に科学的だと繰り返していますが,それがわかる一冊だと思います。


なぜ、悩む!―幸せになるこころのしくみ

なぜ、悩む!―幸せになるこころのしくみ

  • 作者: 玄侑 宗久
  • 出版社/メーカー: サンガ
  • 発売日: 2005/06
  • メディア: 単行本



こちらは玄侑宗久氏との対談。どちらも仏教徒ですが,玄侑宗久氏は臨済宗とのことで,やはり考え方はちょっと違うのかなあと。まあ,大同小異なところはありますけど。
ちょっと衝撃的だったのはスマナサーラ長老が般若心経の間違いを指摘している部分。特に空即是色は間違いだと。これについては苫米地英人氏の『お釈迦さまの脳科学』に非常に分かりやすく書いてあります。


お釈迦さまの脳科学 釈迦の教えを先端脳科学者はどう解くか? (小学館101新書)

お釈迦さまの脳科学 釈迦の教えを先端脳科学者はどう解くか? (小学館101新書)

  • 作者: 苫米地 英人
  • 出版社/メーカー: 小学館
  • 発売日: 2010/10/01
  • メディア: 新書



苫米地英人氏は空というのは”もっとも抽象度の高い概念”だと言っています。色というのは「物質」という概念,あるいは「有」という概念に相当し,これに対立するのが「無」になりますが,これら「有」と「無」を含む更に上位の概念が「空」であると。となれば色即是空は正しいと言えますが,空即是色はやはり違うのだと。これはベン図を書いてみれば明らかですね。
他にも根拠を挙げて間違いを指摘しており,興味深いです。

この半年間でいろいろ読んでみたのですが,仏教というのは宗教というよりも思想という方がしっくり来るなあと思いました。いかに心安らかに生きるかということなのではないかと。仏教にはまってますとか瞑想してますとか言うと,なんだか怪しい人だと思われることが多いですが,星占いに一喜一憂するよりはよほどまともだと思います。

今年の後半は個人的に色々とハードでしたが,仏教の考え方を学んでいたから割とすんなりと切り抜けられたようにも思います。もちろん,悟りには程遠いですけど。

あと,最近思うのは「お釈迦になる」という言葉の意味。普通は物が使い物にならなくなるというような意味で使われますが,本来は「お釈迦になる」ことは喜ばしいことで,お釈迦さまに失礼なのではないかと。
同じように,お陀仏というのもどうかと。陀仏でたぶん仏陀と同じだと思うのですが,これもやはり駄目になるというような意味で使われますよねえ。
日本では仏教が葬式のイメージと強く結びついているせいなんですかねえ。
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空白の2ヶ月間 [日記]

仕事にプライベートにバタバタとしているうちに,気づいてみれば年末。年末は年末でやっておきたいことが山ほどあって,毎年感じる気怠さが,今年は無いのが良い。仕事が終わって気が抜けている部分はあるのだけどね。

12月から一時的に職場を移るということもあり,11月は片付けなければならないことが多く,仕事漬けだった。なんせほぼ毎週休日出勤をしていたから。ただ,今回は残業をすることにも理解は得られていたし,いろいろと配慮もしてもらえたので精神的には辛いことはなかったし,ありがたかった。精神的な負荷が強くなければ仕事はそんなに苦にならないというのは一つの発見だったように思う。まあ,遊びにいく予定がキャンセルになって残念な思いをした部分もあったわけだけど。

12月からは残業か忘年会かの日々が続き,これまたあっという間。休日は休日で出かけることが多かった。伊東旅行,翌週は熱海に旅行,その翌週は富士急ハイランドに遊びに行き,その翌週は三浦で一泊。まあ充実して楽しかったんだけど,部屋は散らかり放題。これから何とかしないとねえ。
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落ち着き

 子供の頃は、落ち着きが無い、と言われる事が割と多かった気がするけど、落ち着いている(ように見える)と言われる事が増えてきたこの頃。果たしてそう言われることがいい事なのかどうか。と言うのも、老けている、というのを言いかえて、落ち着いていると言っている事がなくもないからで、私はこの前、初対面の女性に32歳くらい?と言われて唖然とした。まあ、それを抜きに考えれば、落ち着いている事は悪い事では無いと思うんだけど。
 朝起きたら虫になっていたのはカフカの小説だけど、自分が虫になっていなくとも朝起きたら枕の横に虫がいるだけでも焦るでしょう?それがゴキブリだったら尚のこと。それが今朝あって、驚いた。口を開けて寝ていなくてよかったと思った。それでも割と落ち着いて対処できたのはそのゴキブリが元気なかったせいで、かわいそうに思われたからなんだが、思い起こすにちょっと前から時々、不可解なガサゴソという音が聞こえていたのではあったのだった。ただ誤解しないでいただきたいのは、我が家には生ゴミは無く、トイレも、料理をするための一切の水まわりも無く、従ってゴキブリが繁殖するような環境には無い。だから、先日来の不可解な音がそのゴキブリのものだったとすれば、我が家には餌になるようなものは無く、相当に飢えているはずで、元気がないのは当然だろうと合点がいった。
 それでそのまま放っておいても餓死するだけだし、それも可哀想なので、逃がしてやる気になり、ベランダに放したのであった。
 その後、私は休日の日課をこなし、出かけようかと思っていると、またカサカサいう音がする。エアコンの方からするので、見てみると吹き出し口からゴキブリが表れたんだけど、これまた元気がないところから察するにさっきのゴキブリだなと。ベランダにはエアコンの吹き出し口があり、ここから再度我が家に戻ってきた可能性が高い。当初の侵入もこの経路の可能性が高い。
 それはそうと、このゴキブリ、本当に弱っていて、エアコンの吹き出し口から姿を現すなり、滑って落下してしまった。
 落ち着きの話が脱線して、収集がつかなくなってきたのだけど、ゴキブリも頑張って生きているんだなあと、自分ももっと必死に生きよう、と感じた今日のこと。
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結婚に思う [雑記]

 そういう時期がいつかは来るんだろうなあと思っていたけど、9月中旬から結婚式が毎週のように続き、今週で漸く一段落したところ。やはり結婚っていいよなあ、と月並みな感想しか頭に浮かばないんだけど、新郎新婦が幸せそうにしているのを見ると、やはりこれが実感です。
 これだけ結婚式を目のあたりにすると、否が応にも考えてしまうのは自分のことなんだけど、そうは言ってもそんなに真面目に考えているわけでもないというのが実情で、まあ、世間的に言うところのアラサー世代(最近あまり聞かなくなった気がするけど)になり、そろそろかなあと思うこともあるにはある。そろそろかなあと言って、特に相手がいるわけでもないから、今時分、夜中にコウロギの鳴き声を聞きながら歩いている時とかふとした時にちょっと寂しく思うこともあるにはあるけど、ただそれは季節柄、ということで毎年くり返し感じていることであるように思えるし、そういう欲求は中学生、高校生の頃の方がよほど強かった気もする。
 ではそれはなぜかと言うに、あの頃は単純に未知への憧れがあったのかなあというのがひとつ。あとはうまく言えないけど、色々なものへの執着が薄れてきたのかもしれないなあと。当時は”彼女がいる”ということ自体に執着を持っていたような気がするけど、今はいなきゃいないでいいかなあと思えるようになってきているしねえ。あとはその相手自体への執着もあるにはあるんだけど、だんだんと弱くなってきている気がして、いろいろと挫折する中で、落ち込まないといえば嘘になるけど、まあ、幸せなら良いかなあと思わないこともないかな。というわけで、それほど焦ることもなく、粛々と(政治家みたいだけど)日々を暮らしているわけだが、支えになっている文章が無いでもない。

男たちへ―フツウの男をフツウでない男にするための54章 (文春文庫)

男たちへ―フツウの男をフツウでない男にするための54章 (文春文庫)

  • 作者: 塩野 七生
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 1993/02
  • メディア: 文庫


上記より引用。
”私のすすめたいのは、ほんとうの恋なのだ。そのような恋に出会わなければ、出会うまで、読書したり音楽を聴いたりして一人で夜を過ごすほうが、ずっと美しい人生のおくり方だと思う。そうしていると、いつか出会う。生きているすばらしさを心の底から味わせてくれる、ほんとうの恋に出会う。”
 まあ、そうは言っても多少は自分から行動しないと出会いも無いわけで、そちらの方も粛々と活動しているわけだけど。

 結婚式に出席すると、その新郎新婦と自分との関わりを通して、これまでの自分の交友関係を確認することになるけど、これってけっこう大事なことで、これまで関わった人達に色々な影響を受けて今の自分がいるんだなあと何となく感謝。
 新郎新婦をはじめ、皆様が幸せでありますよう。
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時代がやっと追いついてきた、かな [娯楽]

 腹巻がはやりだしているということを、先日、雑誌を読んでいて知りました。正直、やっと時代が追いついてきたと思いました。
 私が腹巻を着用し始めたのは2年ほど前のことだったと思います。正式には学生時代にも腹巻をしていた時期があったのですが、面倒くさくなって一時中断していたこともあります。夏場など、Tシャツ一枚でいるとお腹が冷えるのでそれを防止することが目的です。
 おっさんくさい、というのが割と一般的な腹巻への印象かと思いますが、服を着てしまえば隠れてしまうので関係ない、というのが私の見解です。Tシャツを脱いで腹巻があらわになった時の姿は、それは確かにおやじくさいですが、それよりもお腹を冷やさないほうが大切です。余談ですが、このおやじくさいという言葉はイメージが先行している気もします。私の周りのおやじ世代で、実際に腹巻を巻いているおやじを、私はほとんど見たことがありません。逆にそのおやじにおやじくさいと言われているので、一体おやじくさいってどういうことなんだろうか、と思います。

 以前、ステテコがはやったときも流行の先取りだと思っていましたが、私がはいている真っ白な昔ながらのステテコに対して、流行したのはおしゃれステテコなるもの。イトーヨーカ堂とかダイエーとかの紳士服売り場でズボン下なる名称で販売されているそれよりも、かなり割高なものです。
 今回、ひそかな流行となっている腹巻も私が愛用している白無地のようなものではなくて、見せ腹巻なるもの。使用方法は雑誌に書かれていませんでしたが(ビジネス誌だからかな)、見せ腹巻というからには見せなくてはならないでしょう。ここで気になるのはその見せ方で、Tシャツとかの下からチラッとのぞくようにするのか、あるいはゾロの様にTシャツの上から着るのか。Yシャツのボタンのとめ方を調節して、腹巻が覗くようにするというのも手かもしれません。この様に、いろいろと使用方法が思い浮かぶのですが、私は今のところ見せ腹巻を購入するつもりはありません。何故というに、確固たる理由はありませんが、強いて言えば、別にわざわざ見せる必要もないんじゃないかなあというくらいです。

 見せ○○という言葉が使われるようになったのはいつ頃からかわかりませんが、割と最近のことの様に思います(といっても10年くらいたっているのだろうか)。見せパンとか見せブラとか、要するに本来ならば見せてはいけないものを敢えて晒すわけです。それがおしゃれなわけです。
 ただ、ここに一つの落とし穴があって、本来見せてはならないものが見えるということには、感情の高揚が伴うということです。わかり易く言うと、要するに、いわゆる、世間で言うところのチラリズムというやつです。その証拠に、見せパン、見せブラのカタカナの部分の後ろに『チラ』をつけると言葉として立派に成り立ちます。それを、初めから見せてもいいものなんだと見せられたら、それは成り立たなくなってしまいます。真夏のビーチがいい例です。誤解を生まないように申し上げておくと、おしゃれはおしゃれで良いし、大いにすべきだと思ってます。これはそれとは別次元の問題です。

 それで、この法則を腹巻にも適用すると、やはり、見せ腹巻は使わない方が良いかなあという思いが強くなりました。というのは、冗談ですが、いざという時のことを考えると、ステテコと腹巻という姿にげんなりされるということも十分に考えられるわけで、その気持ちがわからないでもありません。これについてはいろいろと方策を練ってもいるのですが、話がなまなましくなるのでやめておきます。
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